福島原発の汚染水漏れーこうした対応の流れで社会は解体する(キヴィタス日記記事より)

この記事を取り上げたのは原発事故への対応そのものではなく、それをするためのプロセスと言うか思考が原発事故関係だけでないあらゆる面で日本全体で落ちてきているからである。以下にそれを引用してみる。


"一つは、自分と身内から問題を見つめていて、問題を世界の中において見つめていないこと。第二に、問題の波及する深刻さを予想する感性、想像力が欠けていたため、問題が世界的にどのような問題になるかを見通せていないこと。インスピレーションがないのである。第三に周囲の雰囲気に流され、事態を指摘して告発する勇気に欠けていること。それゆえ、事態は表面化してとんでもないことになっていった

これは、社会が崩壊していく場面で共通して起きる現象である。人間が決断して事を治めることを放棄してしまうのだ。成り行き任せになってしまうのである。後手後手にまわると呼べばいいであろう。そして、問題が起きた時には呆然として適切な手を素早く打てない。事態は悪化していくばかりである。こうして社会は崩壊に追い込まれる。太平洋戦争の時もそうであった。まずいと分かりながら、身内主義から逃れることができず、最悪の事態を考えることさえ放棄して、優柔不断の態度をとって、成り行き任せにしたのではないか。"


これを言うと上から不利益受けるのでは、と思って成り行き任せでものが言えない職場状態イクナイ!。